7days book cover challenge【7】「帰郷」

  1. Lifestyle

<7>   「帰郷」(ロザムンド・ピルチャー)ーー「ふるさと」

NYのアーティスト、Mariko Dozonoさんから7days book cover challenge のバトンを受け取った。この企画では、本の内容や批評を語らない、というのが約束。でも、選ぶにあたってはいろいろなことを考えたし、それはとりもなおさず、今の自分とこのコロナの状況を考えることにもなった。だから、7days book cover challenge で選んだ本について、ここで語ってみたいと思う。

7冊を選ぶにあたっては、まずテーマを考えた。本は私の生活の一部で、お風呂に入る時、ベッドのそば、リビングの一角に本がないということはない。8年前に自宅をリノベーションするときに、思い出のものや衣類、長年とっておいたものは思い切って処分したが、本だけはすべて残し、収納できることを優先したほどだ。だから、本の数はかなりある。その中から選ぶにはテーマが必要だと思ったのだ。

今回、テーマとして設定したのは「今、大切にしたいこと」。この特別な状況にあって、誰もがそのことを考えたのではないだろうか。かつて必要だと思っていたものは、外出しない日々の中では不要となり、その一方で、見落としていたものの価値に気づく。

本のタイトルの後に、この本から得られる「大切にしたいこと」を書いた。

7日目、最後の1冊は長編を選んだ。これからこの本をじっくり読み返したいと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<7>   「帰郷」(ロザムンド・ピルチャー)ーー「ふるさと」


ロザムンド・ピルチャーというイギリスの作家に出会ったのは、「ヴァンテーヌ」という女性誌の編集をしていたときだった。「ヴァンテーヌ」でピルチャーの短編を連載することになり、初めてその世界に触れた。やがて代表作である「シェルシーカーズ」を読み、翻訳された本はすべて読破した。


「豊かさとは、自分持っているものの価値に気づくこと」。


私の価値観に大きく影響したこの言葉は、「シェルシーカーズ」で主人公のペネラビが息子に向かって言うひと言だ。


「ヴァンテーヌ」ではイギリス担当だったので、毎年のようにイギリスに取材に行っていた。あるときピルチャー特集を組むため、多くの作品の舞台になっているイギリスの西の端、セントアイビス(小説の中では、ポースケリスという名で出てくる)を訪ねた。ピルチャーさんにも取材を申し込んだが、当時、スコットランド在住だったこともあり、エージェントを通じての書面でのインタビューとなった。


バースの町から車で片道5時間、日帰りという強行軍でセントアイビスへ。そこは紛れもなくピルチャーの世界だった。6月、夏になりきらない海辺の町はまだ観光客も少なく静かで、光がキラキラと輝いていた。海辺に行くと、岩の上に少女がひとり座っていた。透き通る海の色と、その後ろ姿は「シェルシーカーズ」に重なって見えた。


その時、訪ねたホテルの窓辺に、一冊の本が置いてあった。まだ日本では翻訳されていなかったピルチャーの新作「Coming home」。それがこの「帰郷」である。


イギリスから帰って数年たち、日本で翻訳本の「帰郷」が出版された。上中下巻、読むには少し気合いが必要な長さだ。しかし、読み始めるとぐいぐいと引き込まれ、一気に読んでしまった。ひとりの少女の、1935年〜1945年の戦争を挟んだ10年間を描いている。


ピルチャー作品では、常に「家」の存在がとても大きい。「帰郷」では、若くして叔母の遺産を受け継いだ少女ジュディスに、周囲の大人は家を買うことを勧める。そして彼女は思い出のある家を購入する。この家が、時を得て、多くの人を親鳥のように抱き入れるのだ。住む家をなくした友人、幼い頃のメイド、そして長い年月離れ離れだった妹を。


「ふるさと」というと日本人は土地をイメージする。私にとってのふるさととは?と考えると、「北海道」ということになるだろう。父の転勤で道内を転々としたので、特定の町をあげることは難しい。けれど、北海道の雪と空気と空の大きさは、私のふるさとだという思いがある。


ピルチャー作品を読むと、イギリス人にとっての「ふるさと」は土地ではなく、「家」なのではないかと思う。映画「ハワーズエンド」でも感じたことだけれど、「家」に対する深い思いは、私たちの「ふるさと」への思いに近いという気がする。


今、コロナのために、思うがままに移動することができなくなってしまった。去年の今頃は、毎週、札幌の父の病床に帰っていたのに。5月の連休、北海道では桜の季節を迎える。今頃、あの桜たちは満開の姿をしていることだろう。梅も桜も水仙も、爆発したように同時に咲く北国の春を、今年は見ることができない。


「ふるさと」は手に入らなくなって、初めてその重さを知るものなのかもしれない。けれど、「ふるさと」は決して消えない。いつも自分自身が帰るべきところ、受け入れてくれる場所としてある。それが土地であったとしても、家であったとしても。

関連記事

辛い時こそ、暮らしを丁寧に

至誠がICUに入って3日目。知らせがないのは良い知らせ、とはいえ、心休まらない時間が続いています。夜は何度も目が覚め、朝方になってやっと眠る感じです。今朝、担当…

  • 2100 view

心からいたいと願う場所

飛行機が旭川空港に降りて、大きな空と緑の山並みを見たときの感動は、今も変わらない。何度、東京と旭川を行き来しても、ここに戻るたびに新しく心を揺さぶられる。そして深く深く…

  • 976 view

「建築」が与えてくれる幸せがある

今夜は十六夜(いざよい)だ。昨日のスーパーバックムーン(バックは牡鹿のこと。牡鹿の角が生え変わる時期ということからだそう)もきれいだったけれど、今夜の月は、それ…

  • 761 view

12月1日ーー至誠と私の人生が始まった日

今朝起きたら、世界は真っ白に変わっていました。1年ぶりに染まった景色。昨夜から雪がしんしんと降り続き、一晩で20センチほど積もり、今年初めて雪はねをしました。…

  • 1307 view

コメント

  • コメント (2)

  • トラックバックは利用できません。

  1. 下田様 久しぶりにお便りします。この数年のお辛い時間を、よく耐えてこられました。さぞ、ご両親様もご満足のことと思います。
    以前から、美しい文章を探し続けてきました。しばらく、その様な文章に出会えておりません。
    レトリックにたよらぬ、心の整理や或る想いからの決別を、感じました。明るくって清々しい、文章に接し嬉しく思います。〈7〉帰郷
    また、いつかお頼り致します。ご自愛ください。

      • 下田結花
      • 2020年 8月 06日

      高橋様

      柔らかく温かいお言葉、ありがとうございました。
      とても心に染みました。

      この数年、厳しい時もありましたが、家族にとって得難く深い時間でした。
      大きな円を描くように、長く離れていた家族が集まり、
      静かに手を握りあった確かな感触があります。
      今、北海道に家を持つという、数年前には夢でしかなかったことが現実になろうとしています。

      長い長い旅を経て、私のふるさとを見つけました。

      下田

  1. この記事へのトラックバックはありません。