<3日目> 「悲しみの秘義」(若松英輔)ーー「愛する人」
NYのアーティスト、Mariko Dozonoさんから7days book cover challenge のバトンを受け取った。この企画では、本の内容や批評を語らない、というのが約束。でも、選ぶにあたってはいろいろなことを考えたし、それはとりもなおさず、今の自分とこのコロナの状況を考えることにもなった。だから、7days book cover challenge で選んだ本について、ここで語ってみたいと思う。
7冊を選ぶにあたっては、まずテーマを考えた。本は私の生活の一部で、お風呂に入る時、ベッドのそば、リビングの一角に本がないということはない。8年前に自宅をリノベーションするときに、思い出のものや衣類、長年とっておいたものは思い切って処分したが、本だけはすべて残し、収納できることを優先したほどだ。だから、本の数はかなりある。その中から選ぶにはテーマが必要だと思ったのだ。
今回、テーマとして設定したのは「今、大切にしたいこと」。この特別な状況にあって、誰もがそのことを考えたのではないだろうか。かつて必要だと思っていたものは、外出しない日々の中では不要となり、その一方で、見落としていたものの価値に気づく。
本のタイトルの後に、この本から得られる「大切にしたいこと」を書いた。
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<3> 「悲しみの秘義」(若松英輔)ーー「愛する人」
何十年ぶりに訪れた神楽坂は、様変わりしていた。家人とふたり散歩をしていて、初めて入った本屋さんでこの本に出会った。少し読んで、これは連れて帰らなければいけない本だ、と直感した。
それは2017年の秋だっただろうか。1月に母が亡くなり、まだ時おり、急に悲しみが満ちてくる夜があった。初めての家族の喪失は、想像以上に重く、深かった。人はどうやってこの悲しみを乗り越えていくのかーーそんな私の心の問いに、この本はそっと寄り添ってくれたのだった。
両親に本は大切にしなさいと教えられ、育てられたので、私は本に書き込みをすることはしない。けれど、この25編のエッセイを読んでいると、心の中で線を引く一行がたくさんある。
「人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある」
「誰かを愛(いつく)しむことは、いつも悲しみを育むことになる」
「姿は見えず、ふれることも、互いに言葉で語り合うこともできない。しかし確かに実在する。悲しみの中に生きている。そうはっきりと書き得たとき、喜びと悲しみは、同じ心情の二つの顔であることを知った」
(「悲しみの秘義」より抜粋)
著者がこのように書くには理由がある。それが読み進む中で見えてくる。「23 彼女」と題された一遍は、妻を亡くした夫の語りだ。それが最後の一行で、「夫」は著者であり、「彼女」は著者が5年前に失った妻であることがわかる。
私たちは、今、この状況にあって大切なことは何なのか、と問われている。物質的なことのほとんどは、ことごとく魅力を失い、残るのは人とのつながりだと改めて思う。そして本当に大切なことは、と問われたら、それは「愛する人」というひと言でしかない。
母が逝って2年半後に父が逝った。人生の終盤に向かい、私はこれからも多くの喪失に出会うのだろう。もう、耐えられないと思うとき、この本を手にし、ほんの少しだけ息をつぐような気がする。
これはそんな、人生の一冊である。