小石至誠の四十九日、そして雪の中で

  1. Family

2週間ぶりの東川ではどっさり雪が降り、白銀の世界になりました。


ここにいた5日間。私はずっと雪を見ていたような気がします。


ライトアップされた樹を背景に舞う夜の雪はことさら美しく、深夜、音楽をかけて、ただただ雪を眺めていました。そのまま眠ってしまうこともありました。


ここにいれば、雪を見ていれば、悲しくも寂しくもありません。至誠はいつも共に私の傍にいると感じることができるのです。


12月13日は小石至誠の四十九日でした。

前日の12日に、岐阜県関市武芸川町の実家のお寺で、法要をして頂きました。


もうそんなに経つのだな、という気持ち。


10月26日のことは、つい先日のように思えるのに。


12日、午前中に岐阜駅に着き、迎えに来てくれたおねえさん達と施設のおとうさんを訪ねました。


99歳、耳が少し遠いだけで、手紙も書き、自分で歩くこともできるおとうさん。おとうさんもおねえさん達も、とても温かい言葉で私を包んでくれました。


それまで涙ぐむことはあっても、号泣することはできなかったのに、おとうさんとおねえさん達の言葉に、一気に涙が溢れて止まりませんでした。


その夜。実家に甥や姪、その子供達も含めて家族が揃い、長いテーブルを囲みました。小さな子供達のかしましさは、微笑ましく、悲しみを感じる隙間もありません。


私には、新しい故郷ができたのだな、と思いました。東川と武芸川と。


365日、来たくなったらいつでもおいで、とおねえさんがLINEをくれました。


四十九日を過ぎて、本来ならご挨拶や手続きなどを進めなくてはいけないのですが、私はまだ、違う場所にいる気がします。


仕事はしているし、それに支障はないけれど、、、。手続きやご挨拶は、至誠の不在を確認すること。
至誠が存在していないという事実に、私はまだ、向き合うことができません。


今は皆さんのお気持ちに甘えて、もう少し、東京と行ったり来たりしながら、東川で雪を眺めて過ごしたいと思います。

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