人生は甘美なことに溢れているーー桜、桜、涙

  1. Family

昨年の3月24日のFacebookには、至誠との桜散歩の写真が上がっていました。


3月19日に退院。「桜の咲く頃には、、、」と言っていた通り、早咲きだった桜は退院を待ってくれていたかのようでした。


退院してすぐの頃、至誠は普通に歩くことも食べることもできました。近所の桜並木を一緒に歩くのが、どれほどうれしかったことか。


幸せな日々でした。

2021年3月24日。至誠と桜散歩をした。

今年、4月に入って最初の日、私は友人の車で、千葉の勝浦へ向かいました。ミュージシャンのカワギシ ヒロさんのアトリエを訪ねるためです。


カワギシさんと出会ったのは10年以上前。モダンリビングの「インフィル」という連載でのことでした。その時、初めて知ったコラという楽器。


その後、カワギシさんとお会いする機会はなかったのですが、Facebookで繋がっていました。


3月。カワギシさんのFacebookで、ご自身で作曲した「母の願い」という曲を聴きました。不意に溢れた涙。気づくと「アトリエに行ってもいいですか? 生のコラの音を聴きたい」とメッセージしていました。


カワギシさんのアトリエと家は、千葉の美しい里山の集落にありました。入口には、私たちを迎えるように満開の桜が咲いていました。


カワギシさんが葉山との二拠点生活を始めて7年になるそうです。傷んでいた古民家を、友人たちの手も借りて改装。4年間は音楽からも離れて、家と向き合っていたそう。壁塗りも竹の切り出しも、経験したことのないことばかり。毎日筋肉痛だったという日々を、カワギシさんは穏やかや笑顔と柔らかい口調で語ってくれました。

竹をストーブで焚く土間。


ストーブを焚いた土間でコーヒーを飲みながら、カワギシさんの人生を聞きました。コラと出会ったアフリカでのこと。カワギシさんをそのまま受け入れてくれる奥様のこと。音楽とつき、離れ、歩いてきた半生のこと。


都会の暮らしも経験したから、今の暮らしの良さがわかる、と。


私たちはこじんまりとした暖かいダイニングキッチンに移動し、カワギシさんが地元の筍で作ってくれた筍ご飯と若竹汁を頂きました。私たちが持参した数品のお惣菜と共に。


なんと贅沢なランチだったことか。


もう少ししたら、カワギシさんの家の裏の竹林でも筍が採れるのだそうです。

地元で採れた筍と和布を使ったランチ。


食後、家の他の部分も見せて頂きました。桜を望む縁側。心地よいソファのある囲炉裏端。和室の畳。障子の陰影。


廊下の端に置かれた籐の椅子。


冬は寒くて大変、とのことですが、その光と古い家だけが持つ落ち着きは、都会の普段の暮らしにはない豊かさでした。

美しい縁側。

モダンな障子。


そして最後に、アトリエへ。そこで、カワギシさんはコラを弾いてくださいました。


「母の願い」を。https://m.youtube.com/watch?v=Do9GqAZgNIk


最初から涙が溢れて、、、なぜでしょう。この曲は心の琴線に触れてしまうのです。


コラはハープとギターの間のような楽器です。その音は柔らかく、まろやかで、空気を震わせて伝わってきます。


そして、カワギシさんはイマジンを弾き語りしてくれました。声もまた、コラの一部のように柔らかく、私たちを包み込んでいきました。https://m.youtube.com/watch?v=2Ll2TvQLBMQ

アトリエの窓からの景色。


太陽が少しずつ西に傾き始めていました。桜は西からの光を受けて色づいています。私たちは惜しみつつ、アトリエを後にしました。

宝物のような、忘れ難い1日でした。


この日、朝は雨模様で、途中、霙になり、午後には晴れて青空が見えました。帰りのアクアラインでは、鮮やかな夕陽を目にしました。

朝の雨が嘘のよう。


帰り際、友人が三溪園の夜桜を見に行きましょう、と車を走らせました。


私には初めての三溪園の夜桜。圧倒的な存在感。時が止まったような迫力でした。夜の中で、桜は一心不乱に咲いていました。

三溪園の夜桜。この日を締めくくる景色。


翌日、私は近所の桜並木を歩きました。桜の下に座り、YouTubeで「母の願い」を聴きました。また、涙が溢れました。


これから先、泣かずに桜を見ることはできるのだろうか、と思います。


私が見ている桜は、至誠が見たいと願い、けれど決して見ることのできない桜なのです。


桜、桜、涙。


それでも、私はまた桜を愛でることでしょう。


どんなに悲しくても、人生は甘美なことに溢れています。

美しいものは美しく、友人との語らいは楽しく、そして美味しいものも、心揺さぶられる音楽も、胸が高鳴るアートもある。


そうして人生は続いていくのです。

この緑道の桜を、私と至誠は36年間見続けてきた。

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