「やっと、来るべき場所に来た」という思いが溢れてきました。
東京都美術館で開催されている「フィーユ・とデンマークの椅子」のプレビューでのことです。織田コレクションの椅子たちが、本当に誇らしげに美術館の中で輝いていました。
前川国男の設計した東京都美術館。その趣のある床やダイナミックな空間、少しクラシカルな照明などが、フィン・ユールやデンマークの家具と美しく共鳴しています。上からも見下ろせる空間なので、展示のほぼ全体を見渡すことができ、それがフィン・ユールの世界を俯瞰しているという実感と重なりました。
私と織田コレクションとの出会は、私が2003年にモダンリビングの編集長になったときから始まりました。すでに織田先生の連載は何年もモダンリビングで続いていました。ご挨拶と取材に織田邸に伺い、先生から北欧家具、中でもフィン・ユールとウェグナーの違いについてお話をお聞きしたことは、今も鮮明です。
その後、縁あって東川と東京での二拠点生活をスタートし、織田コレクションや織田先生とのおつきはますます深くなりました。
今回は、織田邸にあった貴重な椅子も数多くこちらに移動、展示されています。織田邸を訪れるたびに座らせて頂いていた、フィン・ユールのNO.45 や2人掛けのソファ。織田邸のリビングにずっと置いてあったモーエンセンのデイベッド。ウェグナーのラウンジチェア達。親しい仲間たちに、また出会ったような気持ちになりました。
今回の展示は3部構成になっています。第一部ではデンマークがなぜデザイン大国になったのかという社会的背景からひもといています。この第一部を見ることで、その後のデンマークの名作椅子の誕生や、フィン・ユールの家具の意味に気がつくことができます。
下のフロアに降りると、第二部のフィン・ユールの展示です。時代を追って椅子が並ぶとと共に、本人の写真や自邸のデッサン、家具の図面なども展示されています。私がとても興味深かったのはフィン・ユールその人の写真です。人柄まで伝わってくる写真と家具を合わせて見ることで、より一層、その時代の空気を感じることができました。
そして第三部は、デンマークの各ブランドの協力による、直接椅子を体験できるコーナー。フリッツハンセン、カールハンセン&サン、ルイスポールセン、レ・クリント、スカンジナビアリビング、デニッシュインテリアズ 、ワンコレクションなど。
これが内容といい、数といい、想像以上に素晴らしいものでした。チーフティンチェア、ベアチェア、ザ・チェア、ベーカーソファ、ファーボーチェア…。実際にこれらの椅子に座れる機会は、なかなかないと思います。「えっ!これ本当に座ってもいいの」と思うくらい。
「椅子は実用品。座ってこそ価値がある」と織田先生はいつもおっしゃいますが、それをこんな形で実現できたことにも感動しました。そしてまた、この展覧会を実現するために協力してくださったたくさんの方の輪が見えてくるようでした。
今回の図録も素晴らしく、充実したもの。織田憲嗣さん(東海大学名誉教授、本展学術協力)の「フィン・ユールの生涯と仕事」、多田羅景太さん(京都工芸繊維大学助教、本展学術協力)の「フィン・ユールを通して見るデンマーク家具のデザイン史」、今回の展覧会のキュレーターである小林明子さん(東京都美術館学芸員)の「フィン・ユールと美術をめぐって」から始まります。
図録には、デザインの変遷とフィン・ユールの仕事について、そして一つ一つの椅子の解説に加え、図面や写真もふんだんに掲載されています。さらにうれしいことに表紙の色が3色。私がプレビューでいただいたのはブルーの表紙でしたが、グリーンとベージュもきれい! 全色揃えたくなってしまいました。?
図録の最初には、謝辞が掲載されています。その最初に、織田憲嗣さんの名前が。そして東川町、織田コレクション協力会…と続き、最後に個人名があり、東川役場の岡本周さんや、お付き合いのあるブランドの方達のお名前を発見!
見始めてすぐに、晴れやかな笑顔の織田先生とお会いしました。「この展覧会に先生も満足していらっしゃる」と感じました。その織田先生の笑顔が何よりも嬉しく、思わず涙が溢れそうになりました。
今まで織田先生が関わられた、多くの展覧会を拝見してきましたが、正直な話、タイトルに織田コレクションと銘打ってはいても、必ずしも尊重した扱われ方をしていなかったことも多く、そのたびに落胆を禁じえませんでした。
今回の東京都美術館の展覧会は織田コレクションを認め、そしてまたそれを価値あるものとして多くの方に伝えるという側面も打ち出されています。それは展覧会の組み立て方や図録からも伝わってきました。
半世紀にわたって、後世に残すべきものとして、お一人でコレクションを続けていらっしゃった織田先生。若い世代の人たちに本物を見てもらいたいとデザインミュージアムの設立を願い、今もコレクションを続けていらっしゃいます。
デザインミュージアムへの道は平坦ではなく、さまざまな困難がありますが、織田コレクションは東川町に公有化されたことで、確実にその道を進んでいると実感しています。
今回の東京都美術館での展覧会は、大きな次へのステップになるはずです。それを後押しできるかどうかは、どれだけ多くの方がこの展覧会に興味を持ち、実際に足を運び、その感動を周囲の人に伝えてくれるかにかかっていると思います。
私もまたゆっくり、上野の東京都美術館に足を運ぶつもりです。
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