ロンダニーニのピエターー至誠の月命日に

  1. Family

あの日から1ヶ月が経ちました。

もうそんなに経ってしまったという気持ちと、まだひと月にしかならないのだという気持ちと。


10月24日からこのひと月、普通に暮らしていることが不思議でならない。


私はまだこの現実を信じられないのだと思います。だから思いっきり泣くことができません。


あの日、とめどなくな流れた涙の後は、気持ちを冷凍して冷凍庫の奥に突っ込んでしまったような、そんな気がしています。その氷が溶けてしまうのが怖くて、取り出すこともできない。時々、氷の表面が溶けて涙ぐむことはあっても。


肺炎で最後の入院をした前日の夜。私たちはいつものようにハグしながら眠りにつきました。


その時、突然、ロンダニーニのピエタを思いました。ミラノで見たミケランジェロの最後のピエタ。あれはマリアからイエスが生まれいずるところだと思っていたけれど、そうではないのだ。2人が一つになろうとしていたのだと気づきました。


病院での最後の時、私はまた、ロンダニーニのピエタを思いました。私たちもあのピエタのように、至誠は私の中に入り、私たちは一つになるのだ、と。


今朝は日の出と共に起きて、友人からもらった蜜蝋のキャンドルをつけ、至誠にたくさんのことを話しました。

至誠のベッドルームから見える景色。
けぶるような雪を被った樹木。


至誠は「もう結花の幸せだけが望みだ」と言ったけれど、至誠がいないのに幸せになんかなれるわけがない。そう思いながらも、でも至誠が望んだのは、私がここで笑顔で暮らしていくことなのだと改めて思います。


今朝も東川の朝は、粉雪が舞っています。真っ白の世界は清々しく、小鳥たちが梨の木の枝の間で戯れています。
先日来てくれた友人たちが、手荷物で持ってきて組み立てくれたエクストレミスのビストロチェアは、オンコの木の下で雪の中にたたずんでいます。それは私たち2人がこの家を眺めている姿のようにも見えます。


こうやって一つ一つ、この家にも至誠と私の記憶が刻まれていくーー。


私は、この東川2M houseで、至誠と一緒に幸せに暮らしていくよ。

友人達の贈り物、ビストロは
いつも眺めていられるように木の下に置いた。

関連記事

医師の言葉で知る、感染の危険

家人が臍帯血移植を受けてから、まもなく1ヶ月になろうとしています。大晦日から熱を出し始め、一時は40度に近い発熱が連日続きました。お正月明けからはさまざ…

  • 1258 view

待ちわびた退院

3月19日、家人は予定通り、病院の血液内科を退院しました。10月5日の入院から半年。12月25日の臍帯血移植から3ヶ月。この間、GVHDの症状が酷く、とても厳し…

  • 1950 view

この2日間

10月4日(月)、至誠はICUから一般病棟に移りました。ICUに入って3週間。気管切開を経て、容体の急変の可能性は少なくなった、という判断での移動ですが、人工呼吸器もそ…

  • 1858 view

38回目の結婚記念日の贈り物

「家族の入院」というタイトルで初めて家人の急性白血病のことを書いたのは、去年の3月12日のことでした。家族の入院→http://yuka-shimoda.jp/…

  • 1498 view

至誠の故郷にてーー葬儀

11月6日、土曜日。至誠の故郷の岐阜で、近親者による家族葬を営みました。おねえさんと家族、至誠の甥や姪、その子供たち。そして、99歳のおとうさんも施設から来てく…

  • 1861 view

うれしい知らせ!ーー「生着間違いなし」

年末からお正月の間もずっと、毎日、家人の病院に行っています。コロナのため面会禁止ですし、そもそも無菌病棟なので直接、会うことはできないのですが、差し入れを看護師…

  • 1237 view

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。