「心の小さな幸せ」を感じて生きるーー美瑛の美しい午後

  1. Lifestyle

年末年始、ずっと東川の雪の中で暮らしています。➖10℃を下回る日々ですが、室内は暖かく、大きな開口から眺める雪景色は見飽きることがありません。
入れ替わり友人が来てくれ、楽しい語らいと、料理を提供してくれます。
そしてキャンドルや明かりが私の拠りどころになっています。

1月4日、私と友人のMさんは、車で美瑛まで足を伸ばしました。青空が垣間見える日で、真っ白な丘は清浄としか表現できない美しさでした。

至誠と何度も立ち寄った美馬牛(びばうし)という無人駅があります。美瑛の街から10分ほど。富良野線の小さな駅舎は、雪の中でいっそう愛らしい佇まいでした。

美馬牛駅。
単線の富良野線。
駅だけ複線になっていて、ここですれ違う。

ストーブのある待合室で、30分も前から汽車を待っている70代の婦人と言葉を交わしました。

週に3回、車に乗って美瑛の街に買い物に行くこと。
買ったものは届けてもらえること。
帰りはスクールバスに乗せてくれること。
美瑛に行くと、必ず寄る喫茶店があり、仲間がいること。
東日本大震災で被災し、避難所からストレッチャーの夫と共に、息子のいる美馬牛に来たこと。
お嫁さんがとてもいい人で、すべて整えておいてくれたこと。
夫が亡くなり、息子家族と一緒に暮らしていること。
「おとうさん、私に自由な時間をくれたんだね」と思っていること。

15分ほどの駅舎での立ち話。そうとは思えないほどの深い話でした。それを淡々と、笑顔で話す婦人。

私たちは途中から、「鶴瓶の家族に乾杯」に入り込んだようでした。

どうぞお気をつけて、という言葉に送られて駅舎を後にし、私たちは美馬牛のパン屋さん、リッカロッカに立ち寄りました。
ここも、夏に至誠と何度も来たところです。休みであることはわかっていましたが、林の中のその佇まいをMさんに見せたい、と思ったのです。

入り口で車を停め、木の間の道を歩いて建物に近づいていくと、家の方と思われる男性が雪かきをしていました。

「すみません。冬の間、店はお休みなんです」と、その方が言いました。
「こちらこそ、すみません。お休みは知っていたのですが、お店を友人に見せたくて」と私。
そんなやりとりをしていると、中から男の子が出てきました。
そして、これ、お母さんから、とお父さんに何かを手渡しました。

焼きたてのパンでした。せっかく来てくれたのですから、と男性はまだ暖かいパンを手渡してくれました。

私たちは思いがけない展開に、ただただ感謝して頂きました。車に戻り、早速頂きました。甘さ控えめなあんこが入ったベーグル。たっぷりと食べ応えがあり、お腹が空いていた私たちには何よりのご馳走でした。

それから拓真館に向かいました。
前田真三さんの作品の写真ギャラリーです。古い小学校を改築して、30年以上無料開放しています。

ここもお休みのことはわかっていましたが、11月にこの敷地の中にあるレストラン、SSAWを訪れた時、冬の景色を見てみたいと思っていたのです。

拓真館の敷地の中の白樺の木道を歩きました。雪の白樺の小道は、この世のものとは思えないほどしんとしていました。物語の中に入ってしまったような、そして前田真三さんの写真の中に入ってしまったような気がしました。

拓真館の白樺の小道。

この日の午後の時間は、一つ一つが際立ち、輝き、そしてしみいるものでした。

たくさんの情報に溢れた中では、おそらく流れていってしまう時間。

駅舎での、再び会うことはないであろう婦人との会話。

雪の中で差し出された焼きたてのパン。

二度と巡ってこない、白樺の小道の美しさ。

どれもとてもささやかなことですが、だからこそ「心の小さな幸せ」に気づくことができるのではないかと思います。

ふらりと出かけた美瑛で、私たちはおそらく後で振り返ったときに、人生の句読点になる輝くように美しい午後に出会うことができました。

そして、帰宅して薪ストーブを焚く。