「結花の幸せだけが望みだ」と至誠は言った

  1. Family


10月26日、火曜日。午後4時26分。肺炎のため、至誠は逝きました。私に頭を抱きかかえられたまま。


コロナ禍の面会禁止の中、防護服やマスクから僅かに出ていた頬を至誠の額に押しつけ、右手で頭を抱き、左手を至誠の心臓に押し当てていました。至誠はずっと自然昏睡の状態で、何も苦しまずに旅立ちました。
部屋に入ることができたのは私だけで、至誠のおねえさん2人は、別室でFaceTimeでのお別れになりました。


朝、6時半から待合室にいてずっと部屋に入ることができず、その間も何度かFaceTimeを繋ぎ、至誠に話しかけ続けていました。最後まで耳は聴こえていたと信じています。


一緒にいてくれてありがとう。

結婚してくれてありがとう。

至誠といて幸せだったよ。

大好きだよ、至誠。


「ありがとう」と「大好きだよ」を何百回繰り返したかわかりません。


語りかけることが私にできるただ一つのことであり、至誠が生きている証でもありました。


心音が止まりました、と告げられた時、至誠は私の中に入ったのだ、と感じました。


至誠は儀式的なことが嫌いでしたから、できるだけ簡素に送りたいと思いました。おねえさん達が「結花さんの思うようにしたらいいよ」と言ってくれました。
直葬で、葬儀はしないことにし、岐阜に帰ってから檀家のお寺さんで法要してもらうことになりました。

「あんなに東川に行きたかったのだから、東川にも連れて行ったら」と言うおねえさんの言葉に甘え、分骨することにしました。


私たちがいつも散歩していたエリアの斎場で、28日の朝、荼毘に付しました。葬儀をしなかったにも関わらず、思いがけず多くの方々が最期のお別れに来てくださいました。


至誠は今年3月に退院する時、毎日私が書き送った絵葉書を持って帰ってきました。100枚以上のその便りを、皆さんの手で一枚ずつ棺に入れて頂きました。そして、友人達が用意してくれたたくさんの白い花で、棺は覆い尽くされました。


前日の夜、至誠の写真や棺に入れるもの、最後に至誠に着せる服を、おねえさん達と一つ一つ選びました。
至誠はおしゃれを楽しむことを知っていたので、至誠らしい格好を、と思いました。3人で「これが良いね」と一致したのは、横ストライプの可愛いシャツと、私が縫いつけたトランプのワッペンがついたグレーのベスト、グレーのパンツの組み合わせでした。


亡くなる前日からのこの3日間は、おねえさん達の存在が本当にありがたかった。温かく、どんな時にも笑いがあり、細やかでおおらかで。良い人という言葉では足りない、なんて魂の清らかな人たちなのだろうと思わずにいられませんでした。そんなおねえさん達は、至誠と繋がり、重なり、私を支えてくれました。


今まで深く関わり合う機会がなくここまできて、至誠の最後に巡り合ったおねえさん達との縁。それは至誠がつくってくれた時間でした。


斎場での最後に、おねえさん達が「結花さんをよろしくお願いします」と出席者の皆さんに挨拶してくれました。


至誠の一部は、その日のうちに、おねえさん達に連れられて岐阜へ帰りました。小柄なおねえさん達が、2人で至誠を持ち、新幹線の真ん中の席に至誠を座らせて帰りました。


至誠が家で療養していた6月から9月までの3ヶ月。それは最後の、私たちの蜜月でした。思うように動くことも、食べることもできなかったけれど、できる限り共にいて、手を握り、語り合い、一緒に眠りました。


仕事にも未練はないし、もう欲しいものもない。「結花の幸せだけが望みだ」と至誠は言いました。


その言葉だけで、私はこれからも生きていけるーー。

至誠は、いってしまったのではなく、私の中に入り、私たちは一つになりました。もう離れることはないし、いつでもどこでも一緒です。

来週、至誠と共に私は東川に帰ります。


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生前、ナポレオンズのパルト小石こと、小石至誠に頂きました皆様の思い、皆様の祈り、そしてご厚情に心から深くお礼申し上げます。

本当にありがとうございました。

今後は東川と東京を行き来するため不在も多く、お花はご遠慮させて頂きます。


下田結花こと、小石結花
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【小石至誠の2年間】

2019年10月 急性リンパ性白血病発症、入院

2020年7月 寛解して退院


⭐️東川で家を借り、2週間の夏休みを過ごす。


2020年8月 白血病再発、入院

2020年10月 造血幹細胞移植のため転院

2020年12月 臍帯血移植を受ける

2021年3月 寛解して退院

2021年4月 腎臓の数値悪化のため入院、2週間で退院

2021年5月 GVHD(移植片対宿主病)によると思われる歩行不全、言語障害で1ヶ月の入院。言語障害は回復して退院

2021年6月 肺炎により3日間の入院。本人の強い希望で退院し、自宅で療養

2021年6月 帯状疱疹を発症。神経症が続く

2021年9月9日 肺炎で緊急入院

2021年10月26日 肺炎により永眠

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2020年8月。
東川の北の住まい設計社のカフェで。
至誠はここが大好きだった。

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コメント

  • コメント (6)

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    • 勝呂健
    • 2021年 10月 31日

    ナポレオンズさん
    本当に大好きな芸人さんでした
    小石さんの朗らかで聞き心地の良いトークは本当に素晴らしく、同じ時間を生きさせて頂いた事は感謝にたえません

    それにしても早すぎです
    もっと見せていただきたかった
    聞かせていただきたかった・・

    最初、ナポレオンズガンスタートなさる時のお話など、大変に参考になりました
    作る、という事の基本を教えて頂いた思いです

    訃報に接し、小石さんが「皆さん、お元気で!ごきげんよう~」とあの素晴らしいお声で仰っているのかな、と思うと自然に涙がこぼれました
    いや、そうですよね
    居なくなったのではなく、奥様の中にいらしたのですよね

    でも私達ファンはもうお姿を見る事も、お声を聞くことも出来ません
    限りなく寂しいです・・

    どうぞ小石さんにお伝え下さい

    素晴らしい芸を本当にありがとうございました
    淋しさに耐えかねるファンはいっぱいいます
    でも十分に楽しませて頂きました
    勉強にさえなりました

    どうぞここからは最愛の奥様との時間を大切になさって下さい
    奥様の中に小石さんが生きていらっしゃる、それだけで寂しさは消えてゆくでしょう
    でもナポレオンズは消えません
    ファンの中でもナポレオンズ、パルト小石は生きています

    こんな素晴らしい芸人さんに逢えて、本当に幸せです

    どうぞ奥様もご自愛ください
    そして小石さんといつまでも大切な時をお過ごし下さい

    最後に、改めてありがとうございました

    • 0815
    • 2021年 10月 31日

    小さな頃から、年末年始にこたつでテレビを見ていると、大抵ボナパルトさんのマジックが始まりまして、軽妙な掛け合いの中でのマジックを見ながらくすくすと笑っていました。大好きなマジシャンでした。ありがとうございました。

    • 東京の空
    • 2021年 10月 31日

    はじめまして。
    突然不躾にもコメントを残させていただき、恐縮です。

    私はまだ人生を30年生きただけの未熟者ですが、
    至誠さんと同じく、さい帯血移植を経験しました。
    奥様のブログを拝読し、奥様の紡ぐ言葉の
    ところどころに至誠さんへの愛を感じるとともに、
    私自身経験した移植や抗がん剤治療の辛さを
    ブログに綴られている至誠さんの様子と重ね合わせ、
    いてもたってもいられず、コメントをさせてください。

    素敵なご夫婦で、涙が出ました。

    私も長く入院しておりましたが、入院していると、
    周りの家族や友人、そしてお医者さんに対してまでも、
    自分のことより心配になる時があるのです。
    私を心配することで、心労でぐったりしていないだろうか。少しでも安らぎの時間を持ってほしい。と。

    きっと至誠さんも、声に出して伝えなくとも、
    こんなに奥様が寄り添っておられたことを痛感していて、
    幸せだと思う気持ちとともに、
    奥様のお身体やお気持ちを心配していらしたと思います。
    もしかすると、自分自身のことよりも。

    いま、旅立ち、至誠さんの心は、
    奥様に対する心配でいっぱいだと思います。
    どうぞ、奥様ご自身も、お身体を大切になさってください。心を休めてください。

    思い出は、これからも増えていくと思います。
    奥様が至誠さんを思う時、それも未来では思い出だと思います。

    陰ながらではありますが、これからも応援しています。

    • ありがとうございました。
    • 2021年 10月 31日

    飄々、颯爽、鮮やか、温か。小粋、ユーモア、格好いい。
    ナポレオンズさんへ称賛の単語はたくさんあっても、
    どれももってしても言い得ないぐらい、好きでした。
    こうありたいと思う芸術、お優しさをありがとうございました。
    愛の中で逝かれたこと、ご家族へお悔やみを申し上げます。ご冥福お祈りいたします。

    • 中島靖詞
    • 2021年 11月 01日

    ナポレオンズ、パルト小石さんの大ファンです。若い頃、大変お世話になり、マジックだけでなく人生の大切なことをたくさん教えていただきました。小石さんに元気や勇気をもらっていた人は私のまわりにもたくさんいると思います。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。

    • 岡田 瞳
    • 2021年 11月 01日

    今回の訃報を知り、大変悲しく思っています。

    1989年にサッポロ一番がスポンサーの「博多駅発•ミステリートレイン」イベントに参加した際、小石さんと楽しく過ごした思い出があります。
    ※ミステリートレインの特別ゲストがナポレオンズでした。

    当時、私は小学5年生、妹は小学3年生で、保護者なしで2人でイベントに参加していたところ、小石さん1人だけがスタッフ車両から一般参加者の車両に移動してきて、ほぼ終日、私たち姉妹のいるボックス席に座り、私たちが持ってきたお菓子を一緒につまみながら、楽しくお喋りをして過ごしました。
    大人になった今になって思うと、子供だけで乗車していた私達を心配して、仕事の合間にずっと見守ってくれていたのだと思います。
    撮影があるタイミングでは「行ってくるよ」と言って席を立ち、「終わったよ」と席に戻ってきて、イベントが終わるまで気にかけてくださっていました。
    すぐ目の前で手品を披露してくださった事も、忘れられない思い出です。
    沢山笑って楽しく過ごしたあの日のこと、感謝の気持ちをお伝えしたかったです…。
    奥様のブログを拝見し、小石さんは本当にお優しいお人柄だったんだなと実感いたしました。
    一緒に笑った事、見守ってくださった事、これからもずっと忘れません。