9月30日、至誠は気管切開のオペを受けました。気管挿管し人工呼吸器をつけてICUに入って2週間以上経っています。まだ完全には自力呼吸ができない中、本人への負担を減らし、今後のリハビリにつなげていく方法として選択しました。
ここに至るまでは、担当医のK先生から何度も詳しいご説明があり、また実際にオペを執刀する耳鼻科の先生からも具体的な説明がありました。
医療に関しては、本人が判断できない場合、常に身近な家族が判断していくことになります。父の時もそうでしたが、その場面は突然にやってくることが多く、決断までの時間もあまりありません。
本人ならば何を望むのか、今後の展開はどうなるのか。
私が基準にするのは主にこの2つのことです。今回も、本人が少しでも楽に過ごせる方法、今後の可能性が残る方法をと考え、決めました。
そんな中で、事務的な説明だけではない患者の気持ちを慮った医師の話は、本当に心強く、また励まされるものでした。
ずっと口を開いたまま喉から管を通し、身動きも取れない気管挿管に比べると、喉を切開して管を入れるとはいえ、気管切開すれば少しは動くこともできるのでリハビリも進み、また意識も覚醒することができるとのこと。
至誠にとっても私にとっても、いずれ家に戻ることが大きな目標である以上、少しでもリハビリが出来るようにすることはとても重要なことでした。
オペが終わり、予想よりも早く麻酔からも目覚めて、iPadのFaceTime越しに至誠と会うことができました。パッチリと目を開け、しっかりとこちらを見ていることがわかりました。尋ねたことには瞬きや首を振ることで意思を表示してくれます。「苦しい?」と言う質問には、かすかに首を横に振ってくれました。
2週間にも口を開いたままだったので、口の周りの筋肉も衰えているらしく、すぐに口を閉じることができません。首に繋がれた管よりも、私にはそれが痛々しく思えました。
それでも、痰が詰まる危険性も減り、意識が覚醒している時間も長くなるので、近くICUから一般病棟に移ることになるだろうとのこと。それも前向きな1歩として捉えたいと思います。
オペの前夜、私は眠ることが出来ませんでした。深夜ベランダに出て星を眺めていました。半月がかかっていましたが、空気が澄んでいるのか、驚くほど星が見えました。今まであまりじっくり星空を眺めたことがなかったので、星についての知識も全くありません。眺めているうちに、東南の空にひときわ明るく輝く白い星があることに気がつきました。
星座表というアプリを使って調べてみると、それはおおいぬ座のシリウスでした。シリウスから上に視線を伸ばすと、オリオン座のペテルギウス、その斜め下にはこいぬ座のプロキシオン。この3つの星を「冬の大三角形」(winter triangle)と呼ぶことも、この夜、初めて知りました。
季節は秋のつもりでしたが、夜空はもう冬の星座になっていました。
星空に至誠と過ごした時間が浮かびます。
イギリスの田舎の朝、ロンドンのミュージカルの劇場、何気ない日々の食事、週末のご近所散歩、東川のドライブ、美瑛の小さなパン屋さん、旭岳のロープウェイ、バケラッタのパーティ、織田邸での午後、父や母と一緒の旅、、、。
ある時から、私の地方の泊まりの仕事に、至誠もできるだけ同行するようになりました。MLクラブのツアーでは旭川や東川に行くことも多く、途中から合流することもありました。高松のセミナーで写真家の下村さんや松本さんと直島に行き、宿泊したのはとても貴重なときでした。
そうやって至誠と一緒に重ねてきた時間の数々。その記憶があるから、今、耐えることができるような気がします。
人は記憶と共に生きていく。
この夜、ウィンタートライアングルの星々に向かって、明日のオペがうまくいきますように、至誠が良くなりますようにと、ただ祈りました。
今少し、明るい希望が見えてきています。